千波湖の自然環境回復に一提案

千波湖ふれあい広場に設置した周知看板を基に、周辺を観察した内容を報告します。

1、水戸層

水戸層は日本列島の骨格が形成される今から1500万年前の新第三紀中新生の時代に誕生しました。この時代は日本列島の東側の大部分が海に沈んでいました。時代を3200万年前にさかのぼると日本列島はユーラシア大陸の一部でした。その後大陸の縁の一部が切り離されて海に沈み込みました。大陸の縁で誕生した地層は桜川の上流で観察できます。 水戸層は海の底で長い年月を経て、泥や砂、時には火山灰等によって形成した堆積岩です。東日本に広く分布するこの堆積岩は石油や石炭を産出する地層でもあります。広域に分布するこの堆積岩の時代は海底火山が活発で、『グリーンタフゾーン(緑色凝灰岩地帯)』(緑色した火山灰質の岩石)といいます。茨城県では阿武隈山地の緩くなった東側丘陵、久慈川から里側沿い、そして水戸周辺に広く分布します。水戸層を広域的に多賀層群と称し、日立の海岸線沿いに分布する堆積岩を代表して呼んでいます。茨城県の第三紀層は北茨城の五浦海岸を訪ねると楽しい学習ができます。

2、上市レキ層

上市レキ層は今から250万年前から現在に至る第四紀層の洪積世の地層です。この時代は第三紀の後、何度となく寒暖を繰り返し、洪水により岩肌を削り河道や土砂の台地を形成しました。
関東平野は洪水により土砂が堆積した日本一広い平野です。茨城県の場合、水戸市と茨城町を境に水戸層が深く沈み込んでいるため、水戸から東海村にかけての台地は南に広がる関東平野と異なった地質環境を呈してます。

上市レキ層は最終氷河期に入る前の温暖な12万年前に那珂川や久慈川の氾濫により土砂が流されて平に堆積しました。この時代の海水面は今より30mも高く、この海水面を『古東京湾』と称します。上市レキ層は雑多なレキや砂が多いため水をよく通します。地下に貯えた水は押し出されてスムーズに流れ、下層の通しにくい水戸層の境で遮られ水圧が高くなります。水戸周辺の崖はこのような地層の仕組みにとってわき水を見ることが出来るのです。

3、ローム層

水戸の台地は表層にローム層を覆います。ローム層は火山灰が陸地に堆積して雨などにより固結した粘土質の土です。関東地方に広く分布するため関東ローム層と呼んでいます。水戸周辺のローム層は赤城山の火山灰が偏西風に乗って運ばれてきました。ローム層はおおよそ5mの厚さで中間に黄色い帯状の通称鹿沼土と称す軽石質の層が観られます。この層は3万2千年前に軽石を多く噴出したため異なった性状を示しました。鹿沼土を境にローム層の厚さや含んでいる成分を調べ、地域ごとの環境変化を比較します。このような役割を果たす地層を鍵層と言います。ローム層は風により運ばれて堆積したため空ゲキが多く、地下水を多く含む特徴があります。地下水は地温が暖められて一部蒸発しますが、大半は下層の砂レキ層に流れていきます。

4、台地の地形

ここの崖に近い台地は西に階段状に緩やかな傾斜をしています。この傾斜は12万年前の温暖な気候から寒冷に向かう過程で水面が緩やかに下がったためのものと推察します。傾斜に合わせてローム層の厚さを調べると水の引いた後の堆積状況が解ります。また、鹿沼土の上下関係を観ると年代まで解ります。傾斜を下ると道の手前の僅かな崖にはローム層はなく、レキ層がむき出しになっています。ここの斜面は水の流れが続いたため、ローム層は流れてしまい堆積できなかったのです。このように千波湖周辺を見つめてみると地質学も面白いです。水戸駅前から中央郵便局までの銀杏坂の傾斜も同じ地質環境といえます。

5、千波湖の誕生

千波湖はどのようにして誕生したのでしょうか。ここまでの話を総括すると良く分かります。

 台地の誕生する温暖な12万年前は千波と上市の台地は一つの台地でした。その後寒冷に伴い海は退き海岸線は今の海面より100m以上も低くなりました。傾斜が急になった那珂川は、勢いを増して川底を削りながら千波湖周辺まで迫りました。湖底の水戸層までの深さはおおよそ10m前後有り、深い谷を削った事が解ります。(駅南の桜川付近は深度40m近くまで削られました)その結果水戸周辺は台地と低地がはっきりと区分されたのです。その後温暖な縄文時代となり海面は千波湖の周辺まで迫ってきました。その名残が県立美術館近くの柳崎貝塚で見たれる海に住む貝殻です。やがて現在の海面に引き戻りますが、そのとき軟らかい土砂をそのまま取り残していきました。千波湖周辺は入り江であったため、周辺から集まる表流水により水域が誕生しました。表流水の流れは那珂川の自然堤防により阻まれて、渋々と浜田から谷田の崖沿いを通り涸沼の川へと合流しました。このようにして誕生した湖は海跡湖といい、涸沼や霞ヶ浦も同様です。

6、水の流れ

水は自然のすがたを形造るための主たる誘因です。水の供給源は唯一つ雨等による降水です。水戸の年間降水量は1400mm、日本の平均降水量1800mmに比べると少ない量です。少ない降水量であっても恵まれて地形地質と台地に広がる樹木により、保水効率の良い環境を形成しています。千波湖周辺に流れ出る地下水は30〜60年前の雨水です。長い年月を地層の中で彷徨い、再び地上に現れた一滴の水、その場が多様性あふれる千波湖の水辺環境で良かったと言える環境にしましょう。

文責:ひたち野自然観察会 西原昇治
10.04.13作成

本資料は『茨城の自然をたずねて』(天野一男編著)を参考にしました。



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