笠原水源について・笠原水源から、水戸の自然と文化を守り育てる

本報告は平成21年8月5日開催した『平成21年度  水戸市 教育社会科教育研修部 夏季巡検』において、市民による自然環境の取り組みと活動について講演した要約である。

茨城県広域

茨城県の行政は県西・県南・鹿行・県央・県北と、5つに分けられる。地形地質から、同様に区分され、県西は利根川、鬼怒川、小貝川などの河川が運んだ土砂が厚く堆積する。県南はこれら運搬土砂が緩やかに堆積して、海とのせめぎ合いで誕生した霞ヶ浦を代表する地域である。鹿行地区は洪積時代に堆積した硬質な砂層が南北に延びる特徴有る地域である。県央地区は第三紀層の堆積岩に砂やレキが堆積した台地が広がる。県北は日本列島の形成に深く関わる古生代、中世代の古い地層が連なる山帯の地域である。

水戸周辺

県西、県南地域は関東平野の深く沈み込んだ盆状に土砂が厚く堆積する。同じ関東平野でも、水戸・那珂台地周辺は第三紀層の堆積岩が広く分布するため県西地区と異なる独自の堆積状況を示す。水戸周辺は那珂川の洪水によって運ばれた土砂が堆積岩の上に堆積して台地を形成した。台地が水域から陸地になる前に、赤城山の噴火によって火山灰が風で運ばれ、水域では茨城粘土層、陸地ではローム層として表層を形成した。那珂川は幾度となく氾濫を繰り返し、浸食によって水戸と那珂の台地を二分し、豊かな水辺環境を形成した。


水辺環境

水戸では古来台地と低地を上市、下市と称し、その境を通る坂道は地域独自の名称で呼ばれている。坂道など境を成す急な斜面や崖は湧き水が流れ、豊かな水辺環境を形成している。【参考:水辺環境】

水の循環

水は太陽のエネルギーと地球などの引力によって循環している。また、水は4℃で最も重いという不思議な物質である。そのため水の循環は地球規模という大きな流れで、絶え間なく流動し多様な生息環境を創り上げている。

 雨など降水は地表にしみ込み、地中を時間かけて流動する。やがて地表や湖沼、河川に湧出して表流水となり海に流れていく。水は地中や表流水から蒸発散して雲になり再び雨などになって地上に降り注ぐ。これら水の循環は地中の地下水が最も長く貯留する事となる。
湿地・沼の役割
水戸の北西萱場町や小吹、東野地区など台地の奥には湿地や沼などの谷戸が広く分布する。これら水辺は人間の手が入ることも少なく、豊かな生息環境を保っている。台地の谷戸は最終氷期のローム層の形成に大きく関係する。台地は那珂川からの土砂が堆積して誕生した。土砂の堆積が終盤の氷河期、土砂を運んだ水域は徐々に後退していた。そこに火山灰が降り積もり、浅い水域に溶けて粘土の層を形成した。その後も海は後退、やがて台地は陸となって粘土の表層は露出したが窪地の一部は浅い沼や湿地を形成した。その後も火山灰は降り続け、陸は高さを増したが、水域は火山灰を洗い流すため、沼や湿地の水域として取り残された。一段高いローム層から地下水が湧き出して、沼や湿地に流れ込みやがて川の流れとなる。

川の流れ

逆川など沼や湿地を源流にする台地の小川は、僅かな窪地から表流水を集めて一つの川となる。源流では僅かな流れでも、徐々に水量を増して流れると川底は削られ、岸辺は深く刻まれて湧水量も増えてくる。小川の下流では那珂川の氾濫で浸食した崖が待ちかまえ、流れは急に変化して崖からの湧水も加わり流量は急増する。笠原水源はこの流れが急増する位置に当たる。【参考:逆川地質概念図】

湧き水の様子
湧き水には3つのタイプがある。一つは岩盤や粘土層など不透水層の上面から流出するタイプ。二つ目は水域の底から湧き出すタイプで、三つ目は水面の上面から流れるように流出するタイプである。1は千波湖周辺や上市南斜面の水戸層の露頭する上層の砂レキ層からの湧水に代表される。2は逆川緑地の一部に観る事ができるが日立水木の泉が森や旧玉造の椎井の湧水が有名である。3は笠原水源地など逆川緑地斜面に広く分布する湧水である。これら3つのタイプを知ることは水辺環境を保全していくために重要な事となる。【参考:湧水写真】

自然観察

自然環境を観察する場合、その形を作るものである地質や地形を知ることから始まる。その場所がどのような生息環境であるか、分野毎にそれぞれ観察する事である。台地に育つ樹木と斜面や低地の樹木の生育環境は異なり、動物たち生きものも同様である。台地と低地をつなぐ水辺環境は両者を備えた多様性豊かな環境といえる。このような水辺環境の観察や観測は自然の姿を正しく理解するために重要な作業となる。【参考:水辺環境】
逆川の定点観測
逆川流域の上流から下流にかけて川の水量と湧水量を各6箇所観測し、合わせて水温、電気伝導度、PH値を測定している。測定頻度は週1回土曜日早朝に実施している。観測資料は別添に一括まとめた。【参考:逆川の水の流れ】

観測まとめ

逆川の流れは源流域で下水の放流が有るため汚濁が進んでいる。下流に向かい湧水量に伴い川の水量が増し、清水となる。下流のふれあい橋の流量は上流端と比べ、7倍の量と増える。流域の湧水は崖が険しくなる塩橋付近から下流の両岸に分布している。史跡笠原水道は塩橋下流の左岸の湧水から始まる。これら湧水帯は逆川の流れと連動して流域の豊かな水辺環境を形成している。逆川を観察することで水戸の自然環境の基本を成す水の流れを理解することができる。

笠原水源

笠原水源は逆川流域の湧き水を代表する湧水地として、先人達の手により保全してきた歴史有る水源である。今では竜頭栓がそのシンボルとしての様相を変えているが、湧き出す地下水の素晴らしさを多くの市民に観て理解して頂きたい。
【参考:笠原水源】

笠原水道

笠原水道は下市の飲用水として敷設した7kmに及ぶ水道管路である。この水道管路は1箇所の水源から取水して導水する水道管と全く異なる施設である。笠原水道がどのようにして施工し、完成したか、当時携わった技術者の経歴から施設を検証してみた。

 1662年徳川光圀は望月恒隆(奉行)に施工を命じ、平賀保秀が設計に携わったと記されている。笠原水道は岩盤を水路の材料にして、地下に埋設した他では例のない構造である。施工は永田茂衛門、勘衛門親子が担当している。永田親子は望月、平賀と共に甲斐の武田家に関わるひとりで、鉱山技術者である。鉱山技術は地形地質や測量土木などの他に水理の技術が必修である。永田は狭いトンネルを掘さくして金鉱等を採掘した経験を笠原水道の施工に数多く生かしている。

笠原水源から下市までの路線を見渡した永田は、吉田神社下まで水平に湧水帯が伸びている状況に目を付けて、笠原水源から湧水帯に沿って樋を埋設して、地下水を集水しながら下市に導水する事を提案した。樋の材料は偕楽園下の崖から切り出した軟らかい堆積岩を使用した。板状に加工した岩は船を使い、千波湖を往復して運んだ。水路沿いの地層は砂やレキ、水の中の地層は楽に掘る事ができる。水路沿いは幾つかの谷があり、施工は地形や地層の状況により工夫を要した。軟弱な地層や谷に流れ込む表流水の対策など、水路構造はその都度工夫して改善を繰り返している。施工期間は1年半、要した人夫は2万から3万人で、費用は550両といわれている。前例のない水道事業を短期間に少ない費用で完成したのは鉱山技術の経験が生かされたと考えられる。

近代化とともにその役割は終えて、水道の跡は水路に変貌して、崖沿いにひっそりと水の流れを見せている。この流れを観ていると、今日の水戸を象徴する複雑な気持ちにさせる。【参考:笠原水道施工に関する一考察】
水戸の自然環境
水戸は標高25から30mの緑豊かな台地が広がる多様性あふれる自然環境である。水戸周辺の年間降水量は1,400mmと全国平均値1,800mmに比べて小雨の地域といえる。しかし湧き水など水辺環境が豊かなのは、降った雨が平らな台地で地下浸透が多い事と、広く分布する樹木によって、地下水を蒸発から抑える働きがあるためである。水戸など県央地区は雨水の地下涵養が地下水となって数十年の月日を経て水辺に湧き出す事がわかった。
一人ひとりの役割
私達の住む水戸の自然を形造る環境は県西、県南や県北地区と異なる。水辺に立ったとき、その水がどのようにして流れてきたのか考えることは大切である。水戸周辺の台地に貯留する地下水は県西、県南地区のように、大きな河川によって得た地下水と異なり、雨水の直接涵養によるものである。人間をはじめ、生きものの最も大事な水の源である雨水を如何に大切に保水して地下に貯え、豊かな湧き水を得るか理解することである。緑豊かな樹木、平に広がる台地、湿地沼から流れる小川、台地と低地を結ぶ斜面や水辺、みな水の循環に欠かせない大切なすがたである。平成に誕生した子供達に、より良い水戸の環境を伝えて行くため、笠原の杜と水源を環境の教育に生かして頂く事を希望する。


平成21年度 夏季巡検講話要旨
日時:平成21年8月5日
場所:レイクビュー水戸

講師・文責:西原 昇治  (有)井戸ライフ 代表取締役
       水戸市 環境保全会議 会員


水辺環境



湧き水の様子



笠原水源



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